まちこぶ リレー・エッセイ 1ー山麓のこの町で暮らす

八ヶ岳の風に吹かれて

八ヶ岳山麓の森の中に絵本の美術館を開館して早二十一年。美術館経営の傍ら、春先からの庭手入れや山菜採り、さらには秋から初冬まで続くきのこ狩りなど山や自然の恵みと戯れる日々を送っている。これはそれまで三十年続いた東京での生活を考えると想像もできない大きな変化であった。

変化と言えば、私たちがこの山麓の暮らしていたこの二十年間に起こった世の中の大きな変化は何だったろうか?バブル経済崩壊後、新しい方向性を見出だせぬまま低迷を続けた日本社会の中で、私たちの仕事はおろか日常生活までも大きく変えてしまったもの― それは携帯電話やパソコン、インターネットなどによる情報通信手段の飛躍的発達であり、それによる高度情報化社会の到来であろう。今や私たちは全く見ず知らずの人とコミュニケーションを瞬時に行うこともできるし、ちょっとした指先の操作であらゆる情報を手に入れることもできる。私自身は携帯電話やパソコンを持たずにいるが、その代わりにもっぱら娘たちを通した’遠隔操作’で、知りたい情報をパソコンで調べてプリントアウトしてもらったり、欲しい本などがある場合には、インターネットショッピングで取り寄せてもらったりもする。しかしながら、一歩外に出れば豊かな自然が広がるこの高原の町での暮らしの最大の収穫は、そうした物や情報の波に溺れずに済む生活を獲得できたことである。物や情報は、必要な時、必要な分だけあればいいと思えるようになったことである。静かな森の中で絵本に描かれている豊かな想像力あふれる世界や、人間本来が持つ温かいコミュニケーションの世界に触れていると、等身大の自分、あるがままの自分が見えてくる。

山麓にはこれから厳しい冬が訪れる。春が来るまでは次第に人の足も遠のく。それでも新しい出会いはある。この冬はどんな人が私と私の家族が営むこの小さな美術館に訪れてくれるだろうか。

小淵沢絵本美術館・望月平