まちこぶ瓦版15号(online)

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いいこと探訪9 地域づくりのきっかけー北杜♡交流会

今の北杜の元気の源ともいえるこの北杜交流会は、北杜市に携わり日々活動している方々の視野を広げるために企画された異業種交流会です。

まちこぶの一員でこれまでに参加した者からも、この取り組みがまちづくりのきっかけになっていると話題になり、今回紹介させていただきます。

フェイスブックを使った呼び掛けで、平成24年8月より毎月開催され、既に20回目を迎えました。この3月は小淵沢町にある食堂「やまよし」を会場に、町内外から30人ほど集まり、地域に熱い思いのある方々により、今回も地域

活性のきっかけに繋がる交流が行われました。

既にこの場から具体的な取り組みが生まれたり、ここでのつながりがあったから活発になっているといえるイベントも、数多く存在しています。

交流会によってつながった新しい出会いから、北杜市を盛り上げる新しい何かがうまれることを望んで、浅川裕介さん(北杜市役所勤務)・輿水啓星さん(株式会社nanairo代表取締役)の発起で始まったこの会ですが、その特徴を輿水さんにうかがうと、「3時間3千円飲み放題食べ物付き(笑)」と、元気で楽しそうな印象を強調されましたが、毎月第1木曜日20時から23時に市内の飲食店で北杜市に携わっている老若男女が集まり、PRタイムが設けられている以外は、参加者が語り合うシンプルな交流の場になっていて、その分かり易さと元気さが、この会の魅力といえそうです。

毎回ダブルコインバスを峡北交通さんと参加者で企画され移動距離の長い市内の夜道を、お酒をいただいても安心して参加できる仕組みが確立しているのは、参加者の前向きな姿勢から成り立つもので、地域財政の悩みである路線バスなどの懸案解決も、こういったところから見出だせるのかも知れません。

今後もこの交流会から、地域づくりの何かがうまれそうで、自らが参加する以外でも、とても期待しています。

豪雪の教訓からー雪害に備える地域づくり

今後この様な災害に困らないために、対策を考えているご家庭も多いのではないでしょうか。

それを地域としても実感が覚めていない今、住民や当時の来訪者の声を元に、現在や今後できることを明らかにし、対処の方針を定める必要があると言えます。

それを元に、一人一人の前向きな気持ちで改善できることから、取り組んではいかがでしょうか。

平成二六年豪雪でのできごとー大雪の後の市民の声

駅前商店街を中心に大雪直後を振り返ってもらった所、幅広い声を頂きました。

普段から雪が降った時は、連携を組んで雪を運び出している地域は、この大雪でも比較的早く除雪が済み、日常への回復が早かったようです。

物流に関しては、買い物客も動くことが出来ないため、仕入れが遅れても販売への支障は無かったようです。

実生活では、救急車を必要とする急病人が数人あり、病院や救急車の入れる場所まで地域総出で除雪し、担架の通れる道を確保したそうです。

帝京第三高校の生徒さんらが、10人ぐらいで駅前周辺の除雪を手伝ってくれた話も、地域としては大変有り難く除雪が進んだ以上に、気持ちの支えになる出来事でした。

雪を飛ばすことの出来る、手押しの除雪機を所有していた方は、長年使うことがなく眠っていたが、今回は大変活躍したそうです。

駅前観光案内所では、オリンピックと重なったなど情報が届かないと、道路情報の問い合わせが多く、インターネットでの、ライブカメラでの道路状況中継のアクセスが多かったと、管理者の声もありました。

携帯電話の緊急災害速報があった富士見町のものを着信していた方は、北杜市内の速報もあれば、来訪の方のためにも、よかったのではとの声もありました。

2月14日15日の大雪による記録ー平成二六年豪雪と小淵沢

平成26年2月14日朝から降り始めた雪は、夕方から15日朝にかけて大雪となり、甲府では観測史上初の114センチを記録しました。正式な観測記録はありませんが、小淵沢では150センチ前後の積雪があったと言われています。

小淵沢の地域的な被害状況ですが、記録的な大雪のため町内での交通は、17日18日になってにわかに動き始めるにとどまり、17日の中央自動車道の復旧後も、一般道の除雪が進まず渋滞が予測されることから、小淵沢ICが利用できるようになったのが、19日午後という状況でした。

国道20号から小淵沢に向うルートでは、松木坂で五十数台の車が動けず、ループ橋も重機が進むのも困難な状態にあったようです。他でも各地で立ち往生し乗り捨てられた車が多数存在し、除雪が遅れる要素でもありました。

上の写真は18日午後の小淵沢駅前商店街から中央に駅を見たものですが、この時点でも、まだ一台がやっと通れる程度の道路状況でした。その下の写真の駅前観光案内所もほぼ同時刻のものです。

中心市街地以外では、孤立世帯も多く、大通りまでの除雪が済んで、買い物に出られるまで一週間以上かかったとの声もありました。

日常と同じような移動が出来る様になったのは、十日から二週間経ってからで、交通以外でも、ビニールハウスや屋根付き駐車場などの倒壊があり、農業被害も出ています。

小淵沢駅では、電車が不通になったことにより、30人ほど電車内に泊まることになったり、総合支所などは避難所として開放されたため一時50人が避難する状況も出ました。

各地で帰宅困難な方のための炊き出しや、助け合いがあったことなどは、災害での心を救われた情報でした。

まちこぶ リレー・エッセイ3 ーありがとう、小淵沢ー

横浜から小淵沢に移住してあっという間に二十六年が経ちました。私と妻は代々横浜で暮らし、親戚中が横浜周辺に居たので、田舎が無く、とても田舎暮らしに憧れていました。横浜に暮らしているときも自然の中で過ごす時間が大好きで、八ヶ岳の厳しい大自然とは比べものにならないような規模でしたが、林の中をハイキングするだけで充実感は有りました。

小淵沢で暮らし始めたきっかけは、とても偶然なことでした。スキーが大好きだった私と家内は当初スキー場近くで小さな宿(ペンション)を開業する予定でした。北海道や黒姫高原等で近くに大きなスキー場がある場所に土地探しに良く出かけました。しかし、ニセコでペンションを経営している知人から「スキー場で始めたらウインターシーズンは仕事が忙しくて、自分たちがスキーどころではなくなるから、夏型のリゾート地で開業しなさい。横浜育ちの二人が雪国暮らしは苦労しますよ。」とアドバイスされたのです。この言葉は本当に心に響きました。それから横浜から2~3時間ほどで来られる八ヶ岳に通い始めました。特に風景が北海道に似ていた野辺山高原のペンション用地を探して、よく通いました。なかなか希望の土地が見つからずにいたのですが、地元の親切な方から紹介していただいたりとかで、ようやく気に入った土地が購入出来そうになった最中、地主の知人からの横やりが入り、いい話は流れてしまいました。ようやくこぎ着けた話だったのでかなり二人で落ち込んでしまいました。

その後ペンションコンサルトの方から「小淵沢はどうですか」とアドバイスを受け、全く候補に上がっていたかった小淵沢を初めて訪れたのでした。とても地の利の良い場所だったので、開発が進み、自然など残っていないと思いこんでいたのですが、豊かな自然を前にして、車でぐるぐると廻っただけで、家内も私も「ここだ」と直感したのでした。赤松林の中に、とても明るくハイセンスなお店とか別荘が点在し、気持ちが晴れ晴れしたのを覚えています。

二歳になる娘のこれからの生活のことを考えると、これ以上の選択肢は思いつきませんでした。今、娘も独り立ちし、これからは自分たちの時間を大事に有効に使っていこうとしています。

初めて訪れた時の直感は今でも間違っていなかったと、確信しています。

ありがとう小淵沢。

(ペンションあるびおん・市川進)

 

駐在所より 田中富美雄(小淵沢警察官駐在所)ーあんぜん あんしん こぶちさわ

春の全国交通安全運動

平成26年4月6日(日)~4月15日(火)まで春の全国交通安全運動が開催されます。

4月は新入学児童が親の手を離れ子どもだけで道路を歩き始めます。

運転者はいつも以上に飛び出しなどへの注意をお願いします。

 

火災予防

野焼きによる枯れ草火災が起きやすくなっています。

一旦燃え広がると家屋や山林の火災に発展し大変危険です。予防措置や消防への届け出など細心の注意をお願いします。

環境部よりー日本風景街道大学静岡校 参加報告

2月14日15日に静岡県庁にて、日本風景街道大学ふじのくに静岡校が開校し、八ヶ岳南麓風景街道の会より参加受講してきました。大雪の中、静岡も雨模様でしたが、参加者は行政やNPO、企業の方など総勢約180名でした。

日本風景街道大学とは、風景街道の取り組みを益々発展させるために、みんなで学ぶための勉強会で、宮崎で既に4年開かれ、この後も全国で広がりを見せている取り組みです。

宮崎での4回は、平成22年度から「日本風景街道の理念・最終目標の理解」「地域資源を磨き、つなぐ(出雲・日向・大和神話)」「沿道修景の課題、国際交流観光」25年の「つ・な・が・る」と、テーマを毎年変えて行われています。

今回のふじのくに静岡校では「日本風景街道の自立・充実・飛躍をめざして」と表題に掲げ、地域の思い誇りを長く持ち続けられる制度にするために、一日目は車座会議、二日目はその整理とまとめ、閉会後もフィールドワークが行われました。

具体的には、「人材発掘と育成、思いの継承などの人に関わるとこと」、「中間支援、企業連携、日本風景街道ブランド確立などの充実の知恵と技術に関わること」、「コミュニティ・シンクタンク、仕組みと制度、活動費の確保及び支援策などの日本風景街道の制度」など、風景と地域づくりの両輪が重要であるこの地域に、大変参考になる話であるとともに、全国各地との連携も欠かせないと、今後の重要性を再認識した学びの場でした。

話題の一つに、行政の方が家族を連れて地域づくりの取り組みに参加してくれる理由が語られましたが、それは取り組みに誇りを持っていて、家族孝行の意味合いでの休日参加とお聴きし、イベントづくりの方向性を示されたと感じ、次の取り組みに活かすことが出来ればと、思いを新たにしました。(環境部)

地方自治はおもしろい5-変化しつつある自治のあり方

地域社会がこれからどうなるのかを考えておくことは、とても大切なことだと思います。それは今後益々人口が減少したり、高齢化が進んでいくことが確実だからです。私たちの生活は国や地方の政府と私たちというつながりの他に、その間にたくさんの団体や人のつながりがあって成り立っています。その団体や活動が高齢化や人口減少によって、力を失ってきているのではと感じ始めている人も多いのではないかと思います。

たとえば、町内会などの自治組織をみると、これまでかなり強いつながりがあって、いろいろな活動を行ってきたところでも、だんだん活力を失っている、担い手がいない(代わる人がいない)といったことが起き始めています。

高齢化だけではなく、先進国で起きている現象といわれていますが、個人がバラバラな状態におかれ、孤立しつつあるという事実が日本の社会の中でも起こっています。3.11以後、「きずな」という言葉が事あるごとに使われましたが、それは「きずな」が失われている証拠でもあります。

これからの時代こそ互いに支え合うしくみが必要になるというときに、こうしたことが起きているのです。しかし、「お先真っ暗」というわけではありません。阪神淡路の大震災が起きたとき、大勢のボランティアが救援活動に参加しましたが、それ以前から学生たちがいろんな災害の支援に出かけていたといわれています。3.11の時もそうでした。この十五年ほどの間に誰もが当り前のようにボランティアとして活動するようになりました。専門的なノウハウを持つNPOなどの団体も、すぐさま現場に駆けつけています。

地域の中でも役所ではできないことを行う、役所の手の届かない「隙間」を埋める活動が起き、団体もたくさんできてきています。もちろん、まだまだ充分とはいえませんが、確実に増えていますし、レベルも上がってきています。これから一層新しい活動が生まれてくるでしょう。そんな中、定年退職して元気な人たちが積極的に関わってもらえれば、活動は大きな広がりを持つのではないかと考えています(特に男性が地域社会や市民活動に溶け込めないケースが多い)。

最近、私のまちで起きていることですが、若者たちが自分たちの住む地域に強い関心を示し始めています。おおげさな活動というのではなく、「静かに」活動し、インターネットで情報を流し、互いにそれを共有する、そんな感じの活動ですが、いくつかのグループがまちづくりを今までにない形で行おうと動き始めています。つい最近までなかったことです。他の研究者も学生の指向が「地域」に向かっているといっていますので、全国的な広がりがあるのではないかと思います。

これまでとは違うさまざまなつながりを幾重にも編んでいくこと、それがこれからの地域社会や人々の生活を支えていくことになるでしょう。小淵沢ではどうでしょうか。

 

〈著者紹介〉

西寺雅也氏

名古屋学院大学経済学部総合政策学科教授  山梨学院大大学院非常勤講師・前多治見市長

平成24年3月まで、山梨学院大学教授として山梨を拠点に、市内にも市民講座の講師として度々通われ、この地への理解も深い。

先輩からお訊きしーこぶち新聞の時代

「SLC56126」の歴史 をご寄稿いただいた清水競さん(大正九年生)より、原稿を頂戴する際に、こぶち新聞当時のことをはじめ、幅広い小淵沢に関するお話しをお聴きすることが出来ました。

「こぶち新聞」は昭和22年から昭和29年まで全125号に渡り、宮沢純太郎さん浅川安行さん清水さんほか、様々な業種の旧小淵沢村青年層が中心となり発行されていました。戦後の食糧難の時期に新聞を発行しつつ、野菜市場など現在の農産物直売所のような地域活性になる取り組みを行い、その売上をもとに楽団を呼んだり、運動会を開いたりしていたそうです。

こぶち新聞の後に発行されていた「たかはら」(主幹 小林潤三氏・昭和45年から54年全50号)は、清水さんたちの手により平成23年に縮刷版が発行され、今もまだ手に入れることができます。こちらも町内を中心にあらゆる分野の情報が掲載され、「こぶち新聞」の縮刷版とともに、小淵沢の歴史を知るためには欠かせない貴重な情報源といえます。

地域を盛り上げる若い力をこの両紙になぞり、しっかりと小淵沢を捉え、本誌のような情報誌の本来の役割りの在処を同世代と共有することからも、地域が元気になる要素が見出だせるのではないかと、身の引き締まる思いに駆られました。 (広報・長坂治)